環境プロジェクト

オール フォー ワン、ワン フォー アース: 地理空間ツールでインドに変化をもたらす

2020 年 2 月
オール フォー ワン、ワン フォー アース: 地理空間ツールでインドに変化をもたらす

インドの最南端に位置するタミル ナードゥ州では、木々の間に低木のしげみが広がっている光景をよく見かけます。「ランタナ」はクマツヅラ科の常緑小低木で、インドの至る所に自生していますが歓迎される存在ではありません。

「ランタナは侵入種です。何世紀にもわたって現地に暮らしてきた部族コミュニティに大きな影響を及ぼしています。」そう語るのは、ATREE(Ashoka Trust for Research in Ecology and the Environment)の Academy for Conservation Science and Sustainability Studies で研究者兼コーディネーターを務めるミリンダ ブニャン博士です。「林産物を採って売ることで、生活の足しにしている人が多いのです。」

ATREE は、インドの環境保護と持続可能性に関する研究を主導する機関として、生態系やコミュニティに影響を及ぼすインド固有の問題の研究に力を注いできました。ATREE では、これらの問題を理解して情報を提供するために、Google Earth や Google Earth Engine などの利用可能な地理空間アプリを活用しています。

より良い方向へ: Earth Outreach の原点

Google の地理空間ツールは周りの世界を深く知ろうとする研究者に活用されている。
Google の地理空間ツールは周りの世界を深く知ろうとする研究者に活用されている。

ATREE の研究者たちが Google ツールを活用するようになるずっと前、地球の裏側でまったく別の環境保護の取り組みが進められていました。

Google ソフトウェア エンジニアのレベッカ ムーアが、自宅近くのセコイア林の伐採計画についての通知を受け取ったのは 2005 年 8 月のことでした。小さな白黒の地図に伐採予定地が示されていましたが、あまりに不鮮明でよくわかりません。

そこで彼女は、自分で地図を作ることにしました。2 か月前にリリースされたばかりの Google Earth の衛星写真を使えば、もっと詳細な地図を作成できると考えたのです。新しく作成した地図で確認した伐採予定地は、元の地図に示されていた範囲より広かっただけでなく、違法であることも判明しました。

Google Earth によって明らかになった事実に基づき、ムーアと近隣の人々が協力して働きかけを行った結果、伐採計画は撤回され、その土地は自然のまま恒久的に保護されることになりました。この出来事がきっかけで誕生したのが Google Earth Outreach チームです。Earth Outreach チームは、世界にポジティブな変化をもたらすすべての人々に、地理空間ツールとデータへのアクセスと活用方法を届けたいという使命のもと、マッピング ツールの効果的な使い方のトレーニングを世界中の非営利団体に提供しています。その一例が、Earth Outreach 最大のイベントの一つとして数日間にわたって開催されるユーザー カンファレンス Geo for Good サミットです。

ATREE に新設された Centre for Social and Environmental Innovation のシニアフェロー、ヴィーナ スリニバサン博士が、ツールに実際に触れて学べる Geo for Good サミットに参加したのが 2018 年でした。それ以前にも彼女の同僚が Geo for Good に参加していましたが、ATREE で Google の地理空間ツールを大規模に使い始めたのは、博士がこのサミットに参加してからのことです。

「ATREE は、リモート センシングでは常に最先端を走ってきましたが、一連の Google サービスはデータの収集方法と利用方法を劇的に変えてくれました。」スリニバサン博士はそう語ります。「Geo for Good サミットに参加することで、これらのツールの使い方や新たな活用方法を学び続けることができます。」

市民科学を活用して侵入種の地図を作る

中央アメリカ原産のランタナがインド在来種の多くを圧倒している。
中央アメリカ原産のランタナがインド在来種の多くを圧倒している。

インドのように広大で人口密度の高い国では、人間と自然が密接に絡み合う状況を避けることはできません。ブニャン博士が、ランタナのような侵入種の地図作りに情熱を傾けているのはそのためです。

博士はこう説明してくれました。「ランタナは繁殖力が強く、マットのように下草を覆い隠してしまいます。林冠の高さまで伸びていることもあるくらいです。」林産物を地元の市場で販売しているニーラギリ県の農家では、ランタナが手に負えないほど繁殖し、収穫ができない事態にまで陥っていました。

ブニャン博士だけでなく、アンキラ ヒレマス博士をはじめとする ATREE のメンバーも、地図を作ってランタナの分布を記録することで、繁殖管理の取り組みについて広く周知できると確信しています。そのために活用しているのが Google Earth です。

ATREE ではまず、調査地域を 6 マイル(約 10 km)四方のグリッドに分割し、Keystone FoundationWWF-India の協力を得て、各地域でボランティアを募集しました。ボランティアは、各グリッド内で 3 本の道路を選び、Google Earth を使ってルートを計画してデジタル化します。これを GPS デバイスに送信し、現地でそのルートに沿って調査を行うのです。

このような形でコミュニティを巻き込んだことで、ATREE のチームだけでは難しい調査も可能になりました。ボランティアには、Google のマッピング ツールとシームレスに連携できるアプリをまとめた Open Data Kit(ODK)を配布しました。この ODK を使えば、誰でも簡単に侵入種の位置を記録して ATREE と情報共有できます。

「最近は、ほとんどの人がスマートフォンを持っています。市民科学の強みを活かせる時代になりました。」そう語るのはブニャン博士です。ランタナを見かけた人は、スマートフォンで写真を撮り、位置情報を付けて共有するだけです。送信ボタンをタップするとデータが ATREE のサーバーにアップロードされ、研究者がすぐに検証と分析に取り掛かることができます。

ブニャン博士は言います。「このツールを使い始めると、皆夢中になって探してくれるんです。」

十分な水を確保できる未来にするには

ノイヤル パヴァーニ盆地は、タミル ナードゥ州の農業と産業経済を支える存在で、州内総生産の 16% がこの地域で生み出されています。

ノイヤル パヴァーニ盆地は、タミル ナードゥ州の農業と産業経済を支える存在です。州内総生産の 16% がこの地域で生み出されています1

ATREE では、これらのツールを侵入種のマッピング以外にも活用しています。ニーラギリ県の東 130 km ほどに位置するノイヤル パヴァーニ盆地は、水と土地の利用を巡って争いが絶えない地域です。

ATREE では、カーヴィリ川流域に位置する 8 万平方メートルほどのこの小さな盆地で、水に関する予備研究を行っています。スリニバサン博士を中心としたチームは水文モデルに基づく研究を主導し、土地の利用や水の需要が時間の経過とともにどう変化し、十分な水を確保できる未来にするにはどうしたらよいかを解明しようとしています。

インドでは電気が無料で水も計量されていないため、誰が地下水を汲み上げているのか、どれだけ使っているのか、何に使っているのかを把握することは困難です。これらを把握するため、ATREE の研究者たちは Google Earth Engine で地球の季節ごとの画像を分析しています。

Earth Engine のクラウドベース テクノロジーを利用し始めるまで、ATREE では衛星画像の処理に大変な労力をかけていました。画像をダウンロードし、パソコンで雲を取り除く処理を 1 枚ずつ行っていたのです。ノイヤル パヴァーニ盆地はそれほど広くないためこの方法で対処できていましたが、カーヴィリ川流域となるとはるかに広大でとても処理しきれません。

「Earth Engine のおかげで、ジグソーパズルの一番難しいピースを埋めることができました。」スリニバサン博士は言葉に力を込めました。「世界を見る方法が変わりました。これまで蓄積してきた現場の知識に、データを合成できるようになったことが一番大きいと思います。」

この研究の結果はまだ発表されていません。影響を測定するには長い時間が必要だからです。しかし、この調査を継続することで、地下水の汲み上げの問題を解明できるものと期待されています。地下水は河川に流れ込んでおり、地下水の過剰な汲み上げは河川の枯渇につながる恐れがあります。そうなれば、水を巡る州同士の争いは激しさを増すでしょう。

スリニバサン博士は、Earth Engine にこの流れを一変させる力があると信じています。博士はこう言います。「Earth Engine は強力なツールです。うまく活用すれば、とてつもない力を発揮してくれるはずです。」

マッピング ツールをもっと多くの人々に

学際的な研究を主導するスリニバサン博士、ブニャン博士、そして 2 人の同僚たちは、情報を一般に公開するだけでなく、他の科学者が手軽にアクセスできるようにすることが重要だと確信しています。ATREE チームは、Google の地理空間ツールと ODK を使用してデータを収集しマッピングする方法を、他の組織や研究者に教える機会を頻繁に設けています。ブニャン博士は言います。「このプラットフォームを他の人々に開放し、その使い方を教えられるようにすることが重要です。それが、人々の可能性を大きく開くことにつながります。」

スリニバサン博士も同じ意見です。「多くの人が、必要な機器、たとえば GPS、高性能パソコン、データ収集ツールを持っていません。こうしたトレーニングは、人々に新たな力を与えるという点で、大きな可能性を秘めていると思います。」

1Angela Ortigara, Richu Baby, and Sanket Bhale, Summary of WWF Water Stewardship Projects: Focus on Noyyal-Bhavani, WWF India, 2019, https://d2ouvy59p0dg6k.cloudfront.net/downloads/wwf_india_stewardship_web.pdf